Anthropicの未公開の研究用Claudeは、リーマン予想を解けませんでした。代わりに証明したのは、未証明の仮定を一切使わずに、リーマンゼータ関数の非自明な零点の3分の2以上が単純零点であり、臨界線上にあるということです。この種の結果の最良記録は、31年かけて40%から42%弱までしか伸びていませんでした。発表から数週間のうちに、人間の数学者たちはこの証明をより簡潔な形に書き直し、新たな対象へと広げています。今回の件は、AIが研究数学に何をもたらせるのか、その限界はどこにあるのか、そして背後にある非公開モデルがなぜ批判を集めたのかを示しています。

零点が重要な理由

素数とは、より小さい2つの整数の積に分解できない整数のことです。12は3と4の積に分解できますが、7はまったく分解できません。素数はあらゆる整数の構成要素ですが、数直線上での並び方に単純な規則はありません。

1859年、ベルンハルト・リーマンは、素数の位置がゼータ関数の零点、つまり関数の値がゼロになる点によって決まることを示しました。これはよくオーケストラにたとえられます。滑らかな推定値が土台の旋律を奏で、零点の一つひとつが補正の波を加えます。楽器が一つずつ加わるように零点が増えるにつれて、ぼやけていた推定は一つひとつの素数の正確な位置へとくっきり焦点を結びます。

もう一つ分かりやすいのが、零点1つにつき1列の操作部を持つ音響ミキサーのたとえです。各列には、零点の高さ、つまり虚部を決めるつまみと、実部を決めるスライダーがあります。リーマン予想は、すべての非自明な零点のスライダーがちょうど2分の1の位置にあると主張します。並んだスライダーが形づくる一直線を臨界線と呼びます。零点が1つでもこの線から外れれば調和は崩れ、クレイ数学研究所の公式の問題説明も、予想が成り立たなければ素数の分布に大混乱が生じると警告しています。同研究所は、この問題を証明または解決した人に$100万のミレニアム賞を用意しています。

今回の結果には、もう一つの条件が加わります。零点が単純であることです。単純零点は、それぞれが単独で軸を横切ります。ほかの零点と重なることも、軸に触れるだけで横切らないこともありません。

12兆個の確認も証明にはならない

コンピューターはこれまでに12兆個を超える零点を確認し、そのすべてが臨界線上にありました。しかし零点は無限にあるため、この作業は終わりのない本の最初の1ページにすぎず、証明にはなりません。そこで数学者は解析的な保証、つまりすべての零点のうち臨界線上にあるものの割合について、証明された下限を求めてきました。

年 臨界線上にあると証明された零点の割合 証明者
1974年 3分の1超(33.3%) ノーマン・レビンソン
1989年 5分の2超(40%) ブライアン・コンリー
その後の31年 42%弱(12分の5) 複数の論文
2026年 3分の2以上(66.7%)、かつ単純 Claude

30年に及ぶ研究で、この数字は10年に1ポイントがやっとという速さでしか動いていませんでした。Anthropicは8月10日にこの飛躍を発表し、それを可能にした数十年来の人間による研究の功績を認めました。

結果はどのように生まれたか

きっかけは、プロの数学者ではないAnthropicの社員が、Claudeにリーマン予想へ本気で挑むよう頼んだことでした。Claudeが単独で取り組んだ最初の試みは失敗に終わりました。約650の異なる数学的アイデアを出しましたが、どれもうまくいきませんでした。

約10日の間を置いて、実験は別の構成でやり直されました。自律的な研究チームです。Claudeの1インスタンスが、作業を計画して割り振るAIの実行単位であるマネージャーエージェントとなり、約60のワーカー役のClaudeのコピーを指揮しました。チームには誤った証明を防ぐ仕組みがいくつもありました。

  • そっくり関数テスト。 各手法は、ゼータ関数に似ているものの予想が成り立たないと分かっている偽の関数にも適用されました。ある手法がそうした偽の関数の零点もすべて臨界線上にあると「証明」してしまえば、その手法には欠陥があると判定されました。
  • 隔離された誤り探し。 8月上旬、あるワーカーが零点の少なくとも50%が臨界線上にあるという主張を報告しました。マネージャーはこれを疑ってかかり、論証を3つに分けて、それぞれを別のエージェントに送り、誤りを探させました。
  • さらに上を目指す。 3つの部分がいずれも互いに隔離されたこの検証を通過すると、社員はシステムに3分の2を目指すよう求めました。

次の段階は計画どおりには進みませんでした。マネージャーが提案した方針はうまくいかないものでしたが、あるワーカーがそこから離れ、5行の新しい証明を生み出しました。そのワーカーは証明をディスクに保存し、その4分後、サーバーのAPIエラーにより文の途中でクラッシュしました。マネージャーはそのファイルをフォルダーから回収しました。社員は応援役も務め、「続けて」「自分を信じて」といったメッセージを繰り返し送り、モデルが自らへの疑いを乗り越えるよう後押ししました。

Anthropicは、実行ログから直接まとめた詳細な記録を、人の手による執筆や編集なしで公開しました。ただし、その記録に含まれる途中の計算は外部で検証されていないとも明記しています。検証されたのは最終的な論文です。

暗い研究室の中央にある大きな光る球体が、輪状に並ぶ約60個の小さな光る球体へ光線を送る様子

▲ 約60のワーカーを指揮するマネージャーエージェント

二重のチェック

結果は2種類の検証を経ました。

  1. 人間によるレビュー。 Anthropicの数学者2人が論証を手作業で確認しました。2人は自分たちの名前で論文をarXivに投稿し、発見の功績をClaudeに帰すとともに、誤りがあればその責任を負うとしました。
  2. 機械によるチェック。 Claudeは証明を、すべての論理の段階を厳密な基礎に照らして検査する証明支援系Leanに翻訳し、LeanのライブラリであるMathlibを使いました。Leanは、標準の3つの公理以外に未証明の仮定がない状態で定理を受理しました。Anthropicの数学者の1人は、Leanに与えた定義が論文の記述と一致することを確認しました。

外部の数論研究者であるブライアン・コンリーとダン・ゴールドストンも、急な依頼で論文に目を通しました。ただし、こうした通読は学術誌への採録とは異なります。外部の読み手が証明の正しさを正式に認めたわけではなく、学術誌の査読もまだ終わっていません。Leanによるチェックにも限界があります。論理が成り立つことは確かめられても、なぜその結果が正しいのかを誰かが理解したことまでは意味しません。

50年来の注釈を外す

3分の2という数字は、1973年のヒュー・モンゴメリーにさかのぼります。モンゴメリーは、零点がどれほど密集するかを示す尺度である零点のペア相関を研究しました。点数を思い浮かべてください。孤立した零点は1点、ぶつかり合う零点はそれ以上の点数になります。モンゴメリーは平均点が最大でも3分の4であることを示しました。平均がそれほど低ければ、零点の3つに2つ以上はちょうど1点、つまり単純零点でなければなりません。

ただし落とし穴がありました。モンゴメリーの議論は、リーマン予想が正しいと仮定していたのです。約50年にわたり、この注釈は外れないままでした。

2022年から、ダン・ゴールドストンと共同研究者たちはモンゴメリーの式を作り直し、予想に依存しない形にしました。それでも3分の2に届くには別の条件が必要でした。すべての零点が臨界線から髪の毛一本分の距離以内にあるという条件です。臨界線から外れた零点は鏡像のペアで現れるため、モンゴメリーの枠組みではそうしたペアが二重に数えられてしまいます。

Claudeの論文は、ゴールドストンのグループが投げかけた問いに答えました。その枠組みをエンリコ・ボンビエリの2000年の論文と組み合わせて近さの条件を取り除き、未証明の仮定をまったく含まない3分の2の定理を残しました。AIは単独で数学者を追い抜いたというより、人間が何年もかけて築いてきた研究の流れを完成させたといえます。

この手法では予想全体に届かない理由

Anthropicは、Claudeの手法でリーマン予想を証明できるとは考えていないとはっきり述べています。理由は手法そのものにあります。この手法が頼る性質は、零点が実際に臨界線から外れるそっくり関数にも当てはまります。そのため、本物のゼータ関数の零点と、臨界線から外れてまばらに散らばる零点とを区別できません。バンド幅1の証明書を使う議論と呼ばれるこの種の議論全体では、理論上の上限は約0.682、つまりおよそ68%です。3分の2に達した今回の結果は、すでにその上限の近くにあるとみられます。

証明を読めるものにする人間

Claudeの証明は、零点の数に合わせた巨大な有限次元の行列を組み立て、シルベスターの慣性法則や、行列の階数とトレースを結びつける不等式といった道具で評価を導き出します。人間の数学者には、技術的に入り組んでいて直感に乏しい証明でした。後続の研究はすぐに現れました。

  • arXiv掲載から4日後: 2人の数学者が、この行列の手法を、関連する関数の族である原始ディリクレL関数に応用しました。
  • 9月2日: ロレーヌ大学の数学者が、行列の枠組み全体をヒルベルト空間の不等式1つに置き換えた別証明を発表しました。この数学者は、2つの証明が結局同じ極値問題を解いていることも示しました。
  • 1週間以内: 同じ数学者が、Claudeの研究では扱われていなかった相異なる零点に関する評価を加えた改訂版を公開しました。
  • その直後: 別の数学者が新しい手法を使い、臨界線上の短い区間にある零点の個数を評価しました。

巨大な表に頼る機械の証明は、その下にある構造を覆い隠しかねず、それをより明快な記述に変えるのは、今も人間の数学者が得意とする仕事のようです。

机の上で、もつれた光るガラスのキューブの格子がほどけ、一本のなめらかな光のリボンになる様子

▲ 巨大な行列から一つの明快な不等式へ

非公開モデルが投げかけるアクセスの問題

この研究は未公開の社内版Claudeで行われたため、Anthropicの外部では誰もモデルを試したり動かしたりできません。

2026年9月29日、高等研究所(IAS)の数学と人工知能に関する諮問グループ(AGMAI)が、「AIが生成した数学の責任ある公開」と題するガイドラインを発表しました。フィールズ賞受賞者3人を含む9人の数学者からなるこのグループは、他者が利用できない独占モデルでAI研究所が主要な予想を試すことを支持しないとしました。OpenAIの諮問委員会を務めるという申し出も断り、独立した無報酬の監視役であり続けることを選びました。

ガイドラインは、数学の成果を発表する研究所に対し、特定の企業が管理しない中立的なリポジトリで次の情報を公開するよう求めています。

  • どのモデルが成果を生んだか
  • 完全なプロンプト履歴、つまりモデルに与えた指示
  • 計算時間と金銭的コスト
  • 検証済みの形式的証明

Anthropicは詳細なやり取りの記録とLeanのコードを公開しました。一方で、コスト、正確な社内モデルのバージョン、モデルへのアクセスは明らかにしていません。諮問グループは、非公開モデルによって数学が二層に分かれ、企業の研究所が画期的な成果を握り、大学が取り残されるおそれがあると警告しています。将来の数学ツールが誰にでも開かれたものになるか、企業の壁の内側にとどまるかは、技術が決めることではなく人間の選択だといえそうです。

押さえておきたいこと

Claudeはリーマン予想を証明していません。ただ、31年間42%弱で止まっていた評価を3分の2超へと引き上げ、その証明はLeanのチェックを通過しました。その後、人間の数学者が数週間のうちにそれを簡潔にし、一般化しました。AI単独の快挙というより、人間の数論と機械による形式化が共に築いた節目とみるのが妥当でしょう。

次に「AIが有名な難問を解いた」という見出しを目にしたら、次の4点を確認してください。

  • 予想全体を証明したのか、それとも評価のような部分的な結果なのか
  • Leanなどで形式的に検証されたか、形式化した定義が論文の主張と一致しているか
  • 学術誌の査読が終わっているのか、非公式な通読にとどまっているのか
  • モデルのバージョン、プロンプト、計算コストが開示されているか

難しい技術的課題に自分でAIモデルを使うなら、今回の成果の背後にある作業の進め方から実践的な教訓が得られます。

  • 1本の長いプロンプトではなく、役割の異なるエージェントのチームとして作業を組み立てる。
  • 既知の反例やそっくり問題で手法をテストし、誤った結果を早めに見つける。
  • レビュー役のエージェント同士を隔離し、それぞれが独立して主張を判断できるようにする。
  • 途中の発見はモデルのコンテキストウィンドウだけに置かず、ファイルに保存して、クラッシュで消えないようにする。